2025年の冬、伯父が自ら命を絶った。
一人暮らしの伯父。子供のいない伯父。子供の頃、私と妹を実の子のように可愛がってくれた伯父。その伯父が、自分で人生を終わらせた。
この記事は、自死遺族としての体験を書く。「ブログに書くな」と思う人もいるだろう。でも、同じ苦しみの中にいる人に、「あなただけじゃない」と伝えたくて書いている。
前日の電話 ── 「死なないで」と言えなかった
伯父が亡くなる前日、母から電話があった。「伯父さんの様子がおかしい」と。
怖くなって伯父に電話をかけた。伯父は穏やかだった。「声が聞けてよかった」「今までありがとう」。いつもと違う言葉が続いた。
私は「死なないでね」と言おうとした。でも、その言葉が口から出なかった。「失礼かもしれない」と思って、代わりに「元気でね」と言った。伯父は「うん」と返した。
翌日、伯父は亡くなった。
「死なないで」と言っていれば、結果は変わっただろうか。たぶん変わらない。でも、「言えなかった」という事実は、今も胸に刺さっている。
自死遺族の罪悪感 ── 「助けられたはず」という呪い
自死遺族には、他の死別にはない特有の苦しみがある。「自分が止められたのではないか」という罪悪感だ。
もっと頻繁に連絡していれば。もっと会いに行っていれば。あの電話で「死なないで」と言っていれば。この「たられば」は、何年経っても消えない。
さらに苦しいのは、周囲に言いづらいことだ。「身内が自殺した」と言うと、空気が凍る。聞いた相手が何を言っていいか分からなくなる。だから黙る。黙るから、悲しみが行き場を失う。
私の場合、機能不全家族で育った影響で、もともと「助けて」が言えない人間だった。伯父の死後も、一人で抱え込んだ。
遺品整理がつらい ── モノに残る生きた証
伯父の家の遺品整理は、想像以上につらかった。
タンスの中に、私と妹が子供の頃に書いた手紙が残っていた。古いアルバムに、私を抱っこする若い伯父の写真があった。使い込まれた財布には、お小遣いをくれるときにいつも入れていた封筒と同じ種類の封筒が入っていた。
モノを捨てることは、その人の存在を消すことのように感じる。頭では「もう使わない」と分かっていても、手が止まる。
遺品整理で学んだこと:
- 一人でやらない ── 家族や親しい人と一緒にやる。一人だと感情に飲まれる
- 一日で終わらせようとしない ── 何日かに分けて、休みながらやる。無理すると心が折れる
- 捨てられないものは無理に捨てない ── 「とりあえず箱」を作って、そこに入れておく。時間が経てば気持ちが変わることもある
- 業者に頼む選択肢を持つ ── 自分たちだけで無理なら、遺品整理の専門業者がいる。費用はかかるが、心の負担は減る
伯父の孤立 ── 見えていたサインに気づけなかった
振り返ると、サインはあった。
伯父は以前から「人も訪ねてこないし、鬱かも」と言っていた。長年の仕事を引退した後、体の不調も重なり、外出の機会が減っていた。一人暮らしで、日常的に会話する相手がほとんどいなかった。
でも、私は遠方に住んでいて、自分の生活に精一杯で、伯父の孤立の深刻さを正確に把握できていなかった。電話をかける頻度も、年に数回程度だった。
「もっと連絡していれば」──この後悔は、自死遺族に共通するものだと後で知った。でも、家族一人の力で孤立を防ぐのは限界がある。社会的な支援の仕組みがもっと必要だと、今は思っている。
自死遺族に伝えたいこと
もしあなたが自死遺族なら、3つだけ伝えたい。
- あなたのせいではない ── どれだけ「あの時こうしていれば」と思っても、他人の決断を止める力は誰にもない。あなたが自分を責める必要はない
- 悲しみに期限はない ── 「もう何年も経ったのに」と思わなくていい。悲しみは時間で消えるものではなく、形が変わっていくものだ
- 一人で抱え込まないでほしい ── 自死遺族のための相談窓口がある。厚生労働省の遺族支援ページに全国の相談先リストがある。カウンセリングでは、「話を聞いてもらう」だけで楽になることがある
伯父は、私にとって第二の父のような存在だった。その人を失った悲しみは消えない。でも、伯父が私に注いでくれた愛情は、今も私の中にある。
それだけは、死んでも消えない。
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この記事は筆者の個人的な体験に基づくものであり、専門的な助言を目的としたものではありません。つらい気持ちを抱えている方は、いのちの電話(0120-783-556)、よりそいホットライン(0120-279-338)、または最寄りの精神保健福祉センターにご相談ください。